2012年10月15日月曜日

京都記 先斗町、四条、三条、木屋町界隈


宿で一息入れてから
京都の夜の街へ飛び出しました。

先斗町の前でタクシーを降りますと
平日の夜でも沢山の人で賑わい。

外国人観光客さんが
先斗町の入り口で記念撮影しておりました。
沢山外国人の方が居られます。





写真は人の居ない所を撮影したので
実際には呼び込みの人、観光客
沢山の人が居られます。



先斗町の入り口の道路を挟んで向かい側 !

目的の場所を自分よりも早く姉が見つけました。
「あの建物は何?」








「 東華菜館 」鴨川沿いに建つ北京料理のお店。
1926年、大正15年
ウィリアム.メレル.ヴォーリズ設計で
バロック様式。有形文化財。
最初は西洋料理店だったそうです。

旅前に京都を検索していて
古い建物が沢山残る京都で
大正の香りが漂うこのお店を
是非此の目で見てみたかったのです。

日本最古の手動式の
エレベーターが健在との事。
是非乗ってみたかったのですが。
お店には入らず外から雰囲気を
味あわせて戴きました。

そしてもう一つの
大正建築が鴨川の橋を挟んで向こう側に

菊水レストランです。




アールデコ.スパニッシュ様式で
大正15年竣工。
日本人が設計だそうです。

この他にも沢山気になる
レトロで素敵な建物があちこちに
沢山存在している京都。

回りきれませんでした。

1928ビル(旧、大阪毎日新聞社京都支局ビル)
とか観に行きたかったけれど
時間的、体力的に断念。

でも、念願のレトロ建築を目にして
心うきうきわくわくな夜でした。

鴨川の四条大橋、三条大橋の夜は
アーティスティック。




鴨川の風に吹かれて
粋に三味線を奏でる若者に
コインを投げ拍手 !

此の他にも
音楽を演奏する
アートな人々が
沢山点在。

嗚呼  !
京都  !!!!

素敵な京都 !!
らぶみー京都 !

此の時点で二人共
お酒も飲んでいないのに
京都の街に酔っています。

そして街に酔いつつ歩き周ります。

河原町交差点
鴨川ホルモーの
四条烏丸交差点このもっと先かあ??と
思いながら辺りをぐるぐる。

どこら辺りが
峯吉くんのお家だったのかなあと
都会な通りを歩いてゆきます。

再び近江屋を通り越して
上ってゆき
飲食店街の適当な路地を
木屋町へ向かうために
曲がりますと


「 ああ!龍馬さんだよ。」
とこれまた先に姉が見つけてくれました。
この旅で姉は敏感に色んな物を
見つけてくれました。
感謝 ! 感謝 !!


ライトアップされた
土佐稲荷です。





夜の京都でほろ酔いになった
お兄さんやおじ様方が
真っ赤なお顔をしながら
坂本龍馬の像に誘われて
土佐稲荷をお参りして居られます。

毎晩こんな光景なのかなあ?

龍馬さん達も負けずに
一献傾けて
楽しくあの世で
やっておられたり....
と思ったり。 (笑)


幕末、土佐藩邸内にあった
土佐稲荷
土佐藩邸売却時に一旦大阪に
それをあの! あの近江屋のご主人井口さんが
土佐藩用人邸を買取此処に移設。
熱き想いが ..... !!!!!


うるうるしながら
偶然の土佐稲荷に
お参りをして
木屋町方面に向かいますと

これまた姉が気づきます。

趣の或る
古い校舎 !

惜しくも廃校になってしまった
立誠小学校。





旧土佐藩邸跡です。
立誠小学校。
旅前、
京都の番組をチェックしていたら
TVで出てきました。

昭和三年建築。
涼やかな高瀬川沿いに佇む
他の小学校には無い
大きな畳敷きのお部屋があったり
窓や廊下、レトロなデザインが
魅力的な小学校です。

古いものを大切にする京都。
此の小学校も
末永く大切に保存されますように。
と切に思いました。

素敵です。

其の前に
土佐藩邸が残っていたら
最高でしたが。^ ^


そおして高瀬川を渡った私達は
この旅のもう一つの大きな目的

京都龍馬会理事さんの
酒場龍馬さんを目指して
木屋町の繁華街を
四条方面に南下 ..... (汗)

毎日。
龍馬さんから頂戴した
幕末木屋町地図を見ていたので
なんとなくこっちと
間違った方向に行ってしまいました。

これ
地図!直に持って来れば
間違いをおかさなかったです。

そおして
見るべき場所を見逃したり
しなかったです。

旅の準備は
最後まで気を抜いては
いけないのでした。

呼び込みさんが一杯居る
歓楽街を
都会館 都会館~~~~と
探し求め
呼び込みのおじさんに
尋ねたりして

おそらく
その
尋ねた場所の近所に
見逃してはならない
この旅最大の後悔が
あったので御座います。嗚呼。

その事は
旅後書きに
纏めて書いてみようと
思います。

探しながらもう一度
先斗町に入って
三条の際まで上ってゆきました。

先斗町。
何回通っても
町家造りのお店達が
提灯に彩られ魅力的な通り。
赤い可愛い千鳥の
紋が入っている
提灯が沢山ありました。

CMになるのも
納得です。

何時か此処の通りの
何処かのお店で
川床デビューしてみたいです。



木屋町通りに戻って
今度は酒場龍馬さんを
見逃さないぞと
気をつけて南下。

そおすると
目の前に
黒い着物と袴姿
丁髷の方の後ろ姿が。
何方かをお見送りに
通りに出て居られたようで
すかさず

「 龍馬さん !!!! 」
とお声を掛けさせて
頂きました。

もう、ずうっと何年も
一面識も無いまま
京都龍馬会の
龍馬さんとおりょうさんには
とっても、とっても!お世話になっております。
近時新聞や色々な物を
送ってくださったり
何時か必ず直にお会いして
御礼申し上げなければと
ずっとずっと思いつつ
幾年月。

京都に行けるのは
いったい何時になるのか
果たして生きているうち行けるのか

と、夢幻かと思っていました京都旅行。

遂に、遂に、
お会い出来ました !!!

龍馬さんにお店の中へ
姉と共に案内して戴き
緊張しながらカウンターへ。

ブログやTVの歴史番組で
龍馬さんとお二人で出演されていて
お見かけしたとおりの
おりょうさんにも
遂に   !!!!

とっても温かくお迎え下さり
握手して下さったおりょうさんの
手の温もりはとっても優しかったです。
感激と緊張の中
飲み物をと云う事で
せっかく龍馬さんに来たのですからと
普段全く飲まない二人ですが
思い切って。

「竜馬麦焼酎 ロックで! 」

とお願いしました。A ^ ^ ;

おりょうさんが作って下さり出して下さいました。
「大丈夫??」
と心配して戴きながら
ごくり !

美味しくて飲みやすいです。
ロックでもイケマス。

「大丈夫です。
 美味しいです!
 キライジャナイデス。
 ( 好きです !)」

え; 自分....イケルクチ
ダッタノカナ と(汗)

龍馬さんで此の日
竜馬麦ロックを
二杯ご馳走になりました。

美味しかったです。
が、 後から
かなり ぐるぐる
酔いが回りました。
回りながら其の後
木屋町界隈を歩きました。

お酒とはこういう物なんですねと
居酒屋で長年働いているにも関わらず
此の時になって実感しました。

酒場龍馬さんには
山形ではとってもお会い出来る機会が
無いような凄い方々がお越しになられます。
坂本龍馬と幕末を
長く、深く !研究なされておられる
御本も出しておられる著名な先生方が沢山 !!!!
そりゃあ其の筈です。
京都龍馬会さん
なんですから。

それはおりょうさんのブログで
時々拝見させて戴いておりました。

其の日も
びっくりする様な凄い方々の
常連さんが御出でになられていて
右も左も分からない二人でしたが(汗)
龍馬さんがご紹介下さり
一寸だけ混ぜて戴きました。

長い長い歴史と文化と
人とプラスアルファーの何かが集まる古都京都。

どんな場所があっても
どんな方が居られても
不思議ではない
京都 !

近時新聞に論文を
発表なさるとってもユニークな
けれど難しいお話を楽しくなさる竹本先生

竹本先生は
前世と云う物があるなら
きっと
幕末や明治に
京都に居られ
名だたる志士達や
はたまた同志社を創り
天皇様の不在になった
京都を大改革した
会津のジャンヌダルクの
盲目の兄上達と
あの時代に
迸る情熱を放出
されて居られた方なのでは...!
と勝手に想像させて頂いておるのですが
其れ程
魅力的な個性的な先生です。

旅から帰ってちらっと
「 京都太秦物語 」の
最初だけ観たのですが
其処に
大きくずっしりと重い
かなり難しそうな本を
読まれるタケモト先生が
お名前だけ出演されているのですが
自分と姉は
あの!竹本先生 ?!
と二人とも思ってしまいました。
映画に出ても可笑しくない
魅力的な先生です。

でもそれは、違う大学のお話なので
違うのかもしれません。

そして、
お仲間の皆さん
藤原達也君のようなfacebookの先生
とっても可愛い歴史タレントの織田さん

(そんな方々と龍馬さんでは
 出合えてしまうのです。
 なんという場所なのでしょう。汗 汗 汗 )
その方々の居られる
酒場龍馬さんで
恐れを知らず

と云うか

恐れをかなぐり捨てて !!(正しく滝汗)

此処で此の時
質問をせずに
何時するのだ ???


思い切った
質問を致してしまいました。 T‐T

申し訳御座いません。
かなり無礼を働きました。(泣)

お聞きしたのは

坂本龍馬暗殺の
黒幕は誰 ???
と云う事と
中岡さん犯人説は
どう思われますか。

の二つです。

京都に行く前に
かなり以前から
時々
お客様に
どう思う?
と聞かれる事が沢山あり

はたまた
中岡さんが
龍馬さんを殺した犯人である事を
TV番組を見た方が
少しも疑いもせず
固くそう信じておられたり

自分は
絶対
中岡さんは
そんな事をする人ではない !!!
とTV番組に憤りを感じる程
思っておりましたが

自分には
その答えを
正しくズバリと
出すことは
叶いませんでした。

でも その答えは
すでに
近時新聞に
竹本先生がお書きに
なっておられたので
ありました。

竹本先生 !!
難しくて新聞を
読めておりませんでした。

申し訳御座いませんっっっ !!!!!!!!!!!

深い深い穴を掘って掘って
堀まくりたいです。

が、

龍馬さん
優しく
その答えを
教えて下さりました。

此処が
此の旅
最大の
眼福ならぬ
耳福なのであります。


 実行犯は
見廻り組  !

只 それだけ。

それが
答えでありました。

黒幕は
幕府
だったり
薩摩藩の
大久保さんだったり
( 自分もお聞きするまで
  ドラマや本で大久保さんが怪しいと
  思っていたりしました。 
  大久保さんごめんなさい。)
長州藩の誰かだったり

そんな事は
ありませんでした。
そんな事柄の証拠となる
歴史的資料が
全く
出て来ない。


西郷さんや
大久保さんは
その近辺
危ないから帰って来いと
云われて
薩摩へ帰っているので
暗殺命令を
出しようがないのだそうです。


そして

中岡さん犯人説 !

龍馬さんは優しく教えて下さいました。

そんな
意味の無い
事はしない。

と。


うおおおおおおーーーーーーっっっ !!!!!!!
そのお言葉を
お聞き出来
嬉しくて震えました。(泣)

京都から帰って来てから
にこっと微笑む
中岡さんのお写真を
見るにつけ

ヨカッタ。
と、一人で悦にいる
自分でありました。

それから
青森から京都に
定年後二年
移り住んだ方が居たのよと
お話をお聞きし
凄く羨ましくなりました。

一日だけじゃなく
ゆっくり何回も
観たい場所を回れる。

京都はきっと
何回行っても
見足りない
歴史と名所の宝庫。

本当に羨ましいです。


竜馬ロックを
二杯ご馳走になり
夜も更け
京都最後に
一之舟入りと
幾松さんを観に行かねばと

優しい龍馬さんとおりょうさん
見知らぬ者を暖かく
お仲間に加えて下さった皆さんに
御暇をして
耳福の酒場龍馬さんを後に。

おりょうさんが
お店の玄関からお顔を出して下さり
可愛らしく手を振って見送って下さり

龍馬さんは通りまで出て
私達が幾松さんを目指して木屋町通りを北へ登ってゆくのを
見えなくなるまでずううっと !!
手を振って見送って下さいました。

遠くで大きくずっと手を振って下さるシルエット
龍馬さんの温かさに私達は
涙が出ました。

有難う御座います !

龍馬さん。
おりょうさん。
酒場龍馬さんの皆さん。









おりょうさんの楽しいBLOG
http://kyoto-ryoma.cocolog-nifty.com/blog/

京都へ行ったら
木屋町都会館
酒場龍馬さんへ
是非 !


酒場龍馬さんは
おりょうさんの独身時代の
寓居跡にもあたるのでした。
石碑が在るのに
緊張弾丸とらべらー;
写真に収め損ねてまいりましたっっっ(泣)
又、今度お訪ね出来た時に。


そおして夜も更けた木屋町を北上。


昼間に寄ったみよしやさん
夜更けでも賑わって
頑張っておられるのを
何だか嬉しくちらちらと
横目に見ながら
又きっと来ます!
と夜の光に美しい高瀬川沿いを歩きます。

三条通りを渡って
兎に角
一之舟入りを目指して。

麦焼酎が効いております。
夜の暗闇も効いております。

..........  ;  ........... ;  汗


かなり観なければ 
と思っていた処を
すっ飛ばしました。


かろうじて
暗闇の中に
一之舟入りの建て看板が






暗闇の中
目的の幾松さんが何処に在るのか
武市さんの住んでいた場所は何処なのか
吉村さんは
象山さんは
山縣さんは
大村益次郎さんは 嗚呼 嗚呼嗚呼 ...... !!!!!!!!!!

総て飛んでゆきました。
泣くしかありません。


観たい名所は
シラフで
ゆっくり
日の当たる日中に。

此れが鉄則でありますね。(泣)

一之舟入りの近くで
素敵な概観のお店を見つけ
写真を撮りました。
帰ってから調べると
是非ともゆっくり
拝見したい
年代物の
本当に素敵なお店が
幾つも
在ったんです。

一之舟入りより先に
幾松さんを求めてさ迷った
私達の前に

薩摩藩島津家の紋章の御門が !





酔っているので
建て看板をきちんと
読む事が出来ませんでした。

やはり観るべき場所は
シラフで。


木屋町通りは映画人に
深い関わりのある場所が
沢山あるようで
島津家の研究所で
映画発展に貢献した
開発がどうとか後日読みました。

資料館になっているようです。

もっと もっと
詳しく勉強してから
もう一度木屋町を
京都を  !!!

もっと知りたくなる
深い 深い 古都。


島津家の御紋
何だろう
何だろう
と、ぐるぐる思いながら

京都の最後に
此処だけは !
押さえておかないと
とずっと心に決めていた
場所。

三条大橋。

新撰組が江戸から
京に入った橋。

近藤さんの首が
晒されてしまった橋。

そして
池田屋事件で
斬り合った
刀傷が残っている橋 !!!!









橋の南側の二つ目の宝珠に。

朝、壬生の八木邸で
刀傷に
これか、これか、と皆が触って
鋭角が鈍角にと
お話されたばかり

ですが(汗)
ちょ 一寸だけ
刀傷に
タッチ

してきてしまいました。
ごめんなさい。

皆が触って
手の油で
刀傷の周りが色濃く
なって居られるようです。

あの事件の
当時の傷が
現代の此の時まで
残っている京都。


素敵な京都。

そんな京都の一日に
酔いしれながら
菊屋峰吉君のお家の
近辺で遅い御飯を戴き
京都の夜の最後と
なりました。

次の日は
朝一で飛行機で山形へ。

夢心地のまま
日常のお仕事へと
邁進致し候。


ぼろぼろ抜け落ちた
後悔ぎっしりの
大阪、京都旅
後書きへと続く。

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